我々は既にカフェを離れていて、奥地にやってきていた。いわゆる変換期というものだ。横を見ると折り重なったレンガの上に連なる深緑色の柵が我々を挟みこんでいて、車一台も通れそうにない広さである。この柵に閉じ込められた木々は森となって、吹きすさぶ風を大きくすることに成功している。木々の群れを分かつ一本道はとある一軒の家に繋がっていて、我々はそれを
「記念舎だ」
記念舎と呼ぶ。それは低体温性抗体人を一時的にとどめておくための場所で、アタパルタ語の「キネン」が低体温と停滞を意味することに由来している。難しい問題は、彼らもまた被害者であるということで、その過失が考慮されるとすればそれは人間側の都合に過ぎないということだ。
「こんにちは。再構築のお願いに来たのですが」
私の眼からみてもイカれている彼でさえその文を「ですが」で終わらせ完結させないのは不思議な感覚である。日本語というのはどうしてか語の尾を切らずに残しておくことが美徳だと思っている。誰が決めたのだろうか。神がいるとすれば「え、効率悪くない?」とは思わなかったのか。私は思っているよ。
ファーディの願いを聞いた舎員は了承すると、両手を胸の前に大きく広げてから、手の甲を交差させて合わせる。すると小さく生紋章が浮かびロイヤルブルーに光り輝き出す。
「回法 第四章 第三節 第七百四条 に基づき、法理家エレン・クエルシーは件の通りここに承認する」
「法理士ファーディ、先の通りに承認する」
「法理士ジョージア、先の通りに承認する」
見ての通り、学生として我々はここに来ているわけであるが、それを理解していない者をごくたまにいることも我々も認知している。回法理の実用化は近年の課題であることは言うまでもないけれども、それを当事者意識がないとか言って頭ごなしに否定することはそれこそ当事者意識に欠けるというものだろう。しかし時代の流れというのは繰り返すもので、沈み込む時期というのは否応無くどんな種の実体であっても存在する。だからこそこうして奥地で受付をしている記念舎に来ているわけで。
こうして再構築を済ませた我々は、キャンパス内の食堂で一息ついたのち、各々の講義に旅立った。

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